東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)162号 判決 1986年5月21日
原告 株式会社 溝口製作所
右代表者代表取締役 溝口富博
右訴訟代理人弁理士 岡田英彦
同 大儀武夫
同 小玉秀男
右訴訟復代理人弁理士 石垣達彦
被告 宣真工業株式会社
右代表者代表取締役 木村眞七
右訴訟代理人弁理士 福島三雄
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告は、「特許庁が、昭和五六年審判第一五二九六号事件について、昭和六〇年七月二三日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めた。
二 被告は、主文同旨の判決を求めた。
第二請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
1 原告は、次の意匠(以下、「本件意匠」という。)の意匠権者である。
出願日 昭和五二年九月一四日
登録日 昭和五四年八月三一日
登録番号 第五一九四五九号
意匠の構成 別紙第一目録(意匠公報)記載のとおり
意匠に係る物品 箱尺
2 被告は、昭和五六年七月二一日、原告を被請求人として、本件意匠の登録を無効とすべき旨の審判を請求した。特許庁は、これを同年審判第一五二九六号事件として審理した上、昭和六〇年七月二三日、「登録第五一九四五九号意匠の登録を無効とする。」との審決をし、その謄本は、同年八月二四日、原告に送達された。
二 審決の理由
審決は、別紙審決書写し該当欄記載のとおり、昭和五二年三月二四日公開の実開昭五二―四一六七三号公報を引用し、本件意匠は、同公報記載の物品「測量杆」に係る別紙第二目録記載の意匠(以下、「引用意匠」という。)に類似し、意匠法三条一項三号に該当する意匠であって、同法三条一項に違反して登録されたものであるから無効とすべきものとする、とした。
三 審決を取り消すべき事由
審決の理由のうち、本件意匠の要旨の認定(別紙審決書写し五丁裏一行ないし六丁表七行)、引用意匠の態様の認定(同六丁表八行ないし同丁裏一八行)、両意匠の共通点及び差異点の認定(同六丁裏一九行ないし七丁表一六行)は認めるが、その類否の判断及び結論の部分(同七丁表一七行以下)は争う。
審決は、本件意匠と引用意匠との類否の判断を誤り、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなくてはならない。
1 本件意匠と引用意匠とは、その杆体の横断面形状に大きな相違を有し、この相違の上に立って両意匠を全体的に観察すると、両意匠はそれぞれ別意匠として認識できるものである。
すなわち、本件意匠においては、その杆体の横断面形状が審決も認定するとおり「横長小円弧状の連続つなぎ」(いわゆる平滑面を有する小判状)であるのに対し、引用意匠においては、「横長小放物線状の連続つなぎ」(いわゆる曲面からなる断面ほぼ卵形)であって、この相違が別形状として識別できることは明らかである。そして、右の相違を実際の立体物の態様である杆体(箱尺)として正面視を中心として左右側面を視野に入れつつ観察した場合、平滑な直線状の形状を呈する本件意匠と丸味のあり盛り上った形状を呈する引用意匠とは、看者に別態様としての心象を与え、看者にとって容易に別態様であると識別できるものであり、両者は別意匠であることが明らかである。
この点につき、審決は、両意匠の右各形状をともに広義の楕円状とみなして、「汎面部の中央付近の態様は視覚上それ程効果的といえず」(別紙審決書写し八丁裏一二・一三行)と認定しているが、このように直ちに結論付けるのは早計で根拠に乏しく、この認定に基づいて、「横長小円弧状の連続つなぎか、横長小放物線状の連続つなぎかが呈する汎面部の平坦面かこれよりわずかな膨出状としたかの差異は視覚効果は微弱であって、むしろ両者の両側付近の曲率を高くした略同程度の小凸弧状であって汎面部の正面と背面にかけて稜線のない連続つなぎの楕円状としている点が強く認識され、両意匠の楕円状のこの点の態様が、前記汎面部の差異にかかわらず両意匠の杆体の楕円状としての共通感を誘発するものであって」(同八丁裏一四行ないし九丁表四行)とする審決の判断は、全体的な観察を無視して両意匠の微細な点の対比に拘泥した判断であって、明らかに誤りである。
さらにいえば、この種箱尺の取引は一般に需要者が種々の箱尺を店頭で手に取って選別する取引の形態をとるものであり、また、その需要者は箱尺の僅かな特徴の差異にも精通しているのが通常である。したがって、箱尺の意匠の類否判断に当たっても、需要者は、箱尺を近い距離から観察し、僅かな特徴の差異をも見逃さないで比較することを念頭に置かなければならない。そうであるから、本件事案についても需要者は右に述べた本件意匠と引用意匠の横断面形状の差異及びそこから生ずる正面視において平滑な直線状の形状と丸味のある盛り上った形状との差異を明確に認識できるものである。
2 右に述べたところは、大阪地方裁判所が同庁昭和五六年(ワ)第三六八三号事件につき昭和五七年四月三〇日に言渡した判決らに照らしても正当であることが明らかである。この判決は意匠の侵害事件に関するものであるが、本件箱尺の意匠の類否判断の参考とすることができる。同判決は「本件意匠及びイ号意匠の対象物品である測量柱にあっては、これを見る者は、通常目盛欄・目盛数字などが配記される正面視を中心として、左右側面を視野に入れつつ、全体としての意匠的特徴を看取するものであると認められるところ、この点を考慮に入れて両者を全体的に観察すると、本件意匠が杆柱の横断面形状を楕円形とし、そのために左右側面視を含めた正面視において丸味のある盛り上がった形状を感知させるのに対し、イ号物品は杆柱の横断面形状を小判形とし、そのために左右側面視を含めた正面視において平滑な直線状を感知させるのである。右に指摘した点において、両者の美観も異なると評価することができる。そうだとすると、イ号物品は本件意匠に類似しないというべきである。」と判示しており(この判決は、大阪高等裁判所及び最高裁判所において支持された。)、この判断基準に照してみても、全体的観察に立って本件意匠の「横断面形状が小判形」のものと引用意匠の「横断面形状が楕円形(卵形)」のものとは明らかに非類似のものであると解される。
被告は、右判決において対比された意匠は、本件意匠及び引用意匠のいずれとも異なっており、重視されるべきではないと主張するが、失当である。すなわち、本件意匠と右判決にいうイ号製品の意匠とは、横断面形状が「横長小円弧状の連続つなぎ(いわゆる平滑面を有する小判形)」である点で同一であり、一方、引用意匠と右判決にいう「本件意匠」すなわち登録第五二八〇五五号意匠とは、横断面形状が「横長小放物線状の連続つなぎ(いわゆる曲面からなる断面ほぼ卵形)」である点で同一である。
そして、右判決は、「横長小放物線状の連続つなぎ(いわゆる曲面からなる断面ほぼ卵形)」の意匠と「横長小円弧状の連続つなぎ(いわゆる平滑面を有する小判形)」の意匠とを対比して類似しないと判示したものであり、この類否判断につき本件と実質的に同一の事案というを妨げない。してみれば、本件意匠及び引用意匠の対比においても、右判決の判示は類推適用されるべきものである。
なお、被告は、本件登録意匠と引用意匠との対比に関連するものとして、登録第五二八〇五五号意匠とその類似二号の登録例を挙げているが、右判決及びその控訴審、上告審各判決の趣旨に照らせば、右登録の有効性は疑問である。
第三請求の原因に対する認否、反論
一 請求の原因一、二の事実は認める。同三の主張は争う。
二 審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は理由がない。
1 請求の原因三1について
本件意匠と引用意匠とは、審決認定のとおり「杆体を楕円管状とした」という基本的な構成を共通にしたもので、審決において認定をし比較検討しているとおり、原告の主張する差異による視覚効果は微弱であって、右の基本的な構成から受ける印象を左右するほどの差異には至っておらず、原告のいう、看者に別態様としての心象を与えるほどのものではない。審決は、両意匠の基本的構成につき認定するとともにその具体的態様につき認定した上で、意匠全体として総合的に検討しているものであって、原告の主張するように微細な点に拘泥したものではない。
原告は、箱尺の類否判断に当たって需要者は箱尺を近い距離から観察し、僅かな特徴の差異をも見逃さないで比較すると主張するが、細長い杆状の周胴面の態様に関しては、視覚上は断面すなわち端面の差異が必ずしもそのままただちに杆状体全体の態様に影響するものということはできず、審決の判断に誤りはない。
2 同四2について
原告引用の大阪地裁判決において対比された意匠は、本件意匠及び引用意匠のいずれとも異なっており、重視されるべきではない。
むしろ、登録第五二八〇五五号意匠に類似二号の意匠が登録されていることが重視されるべきである。すなわち、杆体の横断面を横長小放物曲線状の連続つなぎとしたものが、杆体の横断面を横長小判円弧状の連続つなぎとしたものと類似であるとされているのである。右類似二号の意匠は、右大阪地裁判決またその控訴審判決よりも後に登録されたのであり、右判決において証拠とされえなかったものである。
第四証拠《省略》
理由
一 請求の原因一、二の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決取消事由について判断する。
1 本件意匠の要旨、引用意匠の態様、両意匠の共通点及び差異点が審決認定のとおりであることは当事者間に争いがない。
右事実と《証拠省略》によれば、本件意匠と引用意匠とはともに、管状の杆体の単位体を伸縮自在に嵌挿連結した計測用杆に係る意匠であり、各単位体は太さ(径)が異なるがそれぞれ頂部を開口した(最先端側のものを除く)上下に細長い有底楕円管状で、鞘状の汎面部(広幅の部分)の一方を正面として目盛を配した略相似形状であり、全体は複数個の前記楕円管状の単位体を径の大小に従い上方より順次重ね入れるようにし、計測の際にはこれを必要に応じ伸張して用いるものであり、目盛はカギ形状を主体とする横目盛表示記号を縦方向に配列して縞状を呈し、これに数字を配したものであり、前記各単位体の横断面は両側を曲率の高い略小凸弧状で稜線のない連続つなぎとした楕円形状である点で一致すること、各単位体の長さと正面及び側面の径の比が本件意匠にあっては略一五対一対〇・六、引用意匠にあっては略一四対一対〇・五と極めて近似していることが認められる。そうすると、これら意匠の基本的構成を決定する各個の態様において、両者はほぼ同一の意匠的特徴を示していると認めることができる。
2 一方、前記当事者間に争いのない事実によれば、本件意匠と引用意匠の差異のうち主なところは、原告の指摘するとおり、杆体を構成する各単位体の横断面が本件意匠においては横長小半円弧状の連続つなぎ(平滑面を有する小判形)であるのに対し、引用意匠においては横長小放物曲線状の連続つなぎ(曲面からなる断面ほぼ卵形)である点にあると認められる。そこで、この差異について検討する。
前記事実及び《証拠省略》によれば、本件意匠の杆体を構成する各単位体の横断面の長径と短径の比は最下部の単位体において略一対〇・六であり、汎面部(広幅の部分)に現われる直線部分は汎面部長径の約二分の一に現われるにすぎず、汎面部の中において曲線部分に比し強い印象を与える程の長さを有するものと認めることはできない。もっとも、最下部より上の順次径の小さい単位体になるにつれて短径に対する長径の比の値は増大し、これに応じて汎面部に現われる直線部分の比率が僅かながら大きくなることが推認されるが、最下部の単位体は上部の各単位体を収納する役目を持ち収納時においてはそれのみが物品の形状を示すものとなるので、右の点は特に考慮する必要はない。
一方、前記事実及び《証拠省略》によれば、引用意匠の杆体を構成する各単位体の横断面の長径と短径の比は略一対〇・五であって本件意匠のそれと近似し、その汎面部に現われる曲面は、その曲率が低く膨らみの度合いがなだらかであって、本件意匠の汎面部に現われる直線部分と特に際立って異なる印象を与えるものではないことが認められる。
そうすると、本件意匠全体を正面から観察すると、右杆体の横断面の差異は、本件意匠と引用意匠がともに有する前記意匠の基本的構成のうちにあって、ともに楕円管状を呈する杆体に属する変形の程度に意識されるにすぎないものと認められ、原告の主張するような看者に別態様としての心象を与えるほどの顕著な差異とは到底いうことができない。
原告は、この種箱尺の取引において需要者は僅かな差異にも精通している等の理由を挙げて右の差異を明確に認識する旨主張する。しかしながら、前叙のとおり、右の差異はともに楕円管状を呈する杆体の変形として意識されるにすぎない程度の差異であるから、需要者が本件意匠の具現された箱尺と引用意匠の具現された箱尺をともに楕円管状の杆体を有する箱尺として誤認混同することは十分に考えられるところであり、このような事態が生ずることはないとの特別の事情は本件証拠上これを認めることができない。したがって、原告の右主張は採用することができない。
以上のとおり、原告が主張する杆体の横断面の差異は顕著な差異ということができないから、1において述べたとおり意匠の基本的構成を決定する各個の態様においてほぼ同一の意匠的特徴を示している本件意匠と引用意匠とは、この特徴から全体として観察した場合類似の美感を生じさせるものであって、両者は互いに類似する意匠といわなければならない。
なお、原告の引用する大阪地方裁判所判決は、本件とは事案の内容を異にするから本件に適切ではない。
3 以上のとおり、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にこれを取り消すべき違法の点は見当たらない。
三 よって、原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 瀧川叡一 裁判官 牧野利秋 清野寛甫)
<以下省略>